時代とともに変化するオフィス環境。働き方に求められる多様性。
企業価値を高めるために必要な仕組みや、社会課題となっているテーマにフォーカスし、ご紹介します。
以前は"敏腕リーダー"と呼ばれたあの人のチームが最近は絶不調…。そのような機能不全を起こすリーダーが増えているようです。原因は、急速な時代の変化。ビジネス環境がめまぐるしく変わるなかで、従来型の成果を追求する画一的なマネジメントでは、チームをうまく回すことが困難になっています。そこで今注目されているのが、ワーカーの成長を大切にする「ピープル・マネジメント」です。先行きが不透明な時代に、マネジメントのあり方を見直してみませんか?
現代社会は、「VUCAの時代」と呼ばれています。VUCAは、「Volatility(不安定性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字を取った言葉で、予測困難な社会情勢を表します。国際情勢の不安定化、地球環境の悪化、製品ライフサイクルの短期化、人々の価値観の多様化など、ビジネスを取り巻く環境も大きく変わり、先行きを見通すことが困難になっています。
そうした背景から、成果主義型の人事評価制度も限界を迎えようとしています。環境は常に変化しているのに、1年前に設定した目標をもとに成果を測ったとしても、ワーカーの納得感を得るのが難しく、場合によっては会社への不信感につながりかねません。つまり、年に1回の人事評価では追いつかなくなっているのです。さらに、単年度の目標にワーカーが固執すると、環境の変化に柔軟に対応できなくなったり、中長期的な視野を持てなくなったりする弊害もあります。そのため、アメリカでは成果主義に代わる新しい考え方として、数値によるランクづけをしない「ノーレーティング」が広がっており、Microsoft、IBMなどのIT企業から、GAPなどのアパレルブランドまで、さまざまな企業が取り入れています。「ピープル・マネジメント」は、このノーレーティングに基づいたマネジメント手法。ワーカーの成果ではなく、成長に主眼を置き、それぞれに主体的な判断や強みの発揮を促していくものです。
世界的な電機メーカーで、医療用機器や航空機のエンジン、さらにはエネルギー事業や金融サービスなども手掛けるGEでも、ピープル・マネジメントを取り入れています。その取り組みを見れば、ピープル・マネジメントをイメージしやすいので具体的に紹介しましょう。同社では、マネジメント層のことを「ピープル・リーダー」と呼んでいます。その役割について、メンバーに答えを教えることではなく、「メンバーの強みを見つけて、それを最大限に活かすこと」と位置づけ、4つの領域でリーダーの責任を明確にしています。
まず、1つ目の領域である「Team(チーム)」に関しては、「メンバーが仕事を通じて何を実現したいか、何をやりがいとしているかといったことを深く理解する」、2つ目の「Environment(働く環境)」においては、「新しいことを試せる環境を整える」、3つ目の「Work(仕事)」については、「常に顧客視点をもって行動する」、4つ目の「Growth(成長)」では、「メンバーの成長を促すためのコーチングをする」といった具合です。GEには、グローバルで33万人の社員が在籍しており、そのうち約10人に1人がピープル・リーダーの肩書を持っています。同社ではその層全員に、グローバル共通のトレーニングを実施しているのだとか。ピープル・マネジメントを実践できるリーダーを育成するため、しっかりとしたプログラムを用意されています。
「ピープル・マネジメント」では、リーダーがメンバーを深く理解することが求められます。しかし状況がすぐに変化するこの時代に、年に1~2回長い時間を取って話し合っても、内容がすぐに古くなってしまいます。そのため、何かあればその場ですぐにフィードバックを行う必要があります。先ほどのGEでは、「タッチポイント」と呼ばれるリーダーとメンバーの日常的な対話の場を意識的に設けているといいます。こうしたリアルタイムのフィードバックは、SNSを使いこなし、"即レス"の習慣が付いているミレニアル世代(1980年~2000年代前半生まれ)には特に有効といわれています。
リーダーとメンバーの対話形式は、1対1で対話をする「1on1(ワン・オン・ワン)」が望ましいでしょう。1on1の基本は、メンバーから話を聞き出し、適切なアドバイスをしてメンバーのパフォーマンスを上げること。決して上司から部下への一方的な指導になってはいけません。日本のYahoo!では、リーダーが週に一度、30分間メンバーの話を聞く時間を設けています。リーダーは、ただメンバーの話を聞いて終わりではなく、それを普段の業務にどう落とし込むかまで考えます。また、周囲の人間や会社がメンバーに期待していることを伝え、理解してもらいます。そうすることで、本人の才能と情熱を引き出しているのです。
1on1を成功させるには、場所選びも重要です。落ち着いて話せる雰囲気づくりや、話し声をまわりに聞かれないようにする配慮も欠かせません。ワーカーが人間関係やプライベートの悩みをぶつけやすくするためです。
1on1に特別なこだわりを持つ会社もあります。アプリケーション開発などを手掛けるある会社では、ガラス張りの1on1専用ブースを設置。外から中の様子は見えるものの、音は漏れないので、第三者に会話を聞かれるようなことはありません。ユニークなのは、専用ブースにマイクが設置されている点です。録音用ではなく、それぞれの発話時間を記録するためのもので、「上司だけが一方的に話している」という状況を防ぐのに役立てているといいます。一方で、「1on1の実施を検討しているものの、会議室はいつもいっぱいで、スペースの確保が難しい」とお悩みの会社におすすめなのが、ブイキューブという会社が手掛ける箱型のコミュニケーションブース「TELECUBE(テレキューブ)」です。防音機能を搭載し、フリーアドレスなどオープンなワークプレイスでも機密性の高い作業や電話連絡を行うために開発されたもの。これを活用すれば簡単に1on1環境を作り出すことができそうです。
今後、ワーカーの多様性がますます広がると同時に、ピープル・マネジメントを円滑にするためのツールも増えるでしょう。しかし、そうしたツールを導入しただけで、ピープル・マネジメントがうまくいくとは限りません。最も大事なのはリーダーの意識。指示を出したり数字で評価したりするのではなく、個々のワーカーの強みを活かしていく。それに徹することで、「VUCAの時代」のワーカーはパフォーマンスを発揮しやすくなるのではないでしょうか。
当社では、単年度の目標設定により新しい挑戦に目を向けづらい状況を変え、社員が自分自身の中長期的な能力発揮に向けて挑戦できるよう、昨年度から1on1や360度フィードバックを実施しています。私も1on1の場で、仕事の些細な悩みや疑問から、趣味や子どものことまで、ざっくばらんに上司と話をしています。そうした対話の積み重ねにより、自分は何に興味があるのか、本当は何がしたいのかなどと、自分自身の働き方やライフスタイルを見つめ直すきっかけになることもあります。
また、本社には1on1専用ブースのほか、二人がけソファや立ち話ができるカウンターなど、多様なコミュニケーションスペースが設置されています。1on1に限らず、何気ない場面で会話できる環境の下、上司との日々のコミュニケーションが充実していることも、働きやすさにつながっていると感じます。
ワーカーに寄り添うマネジメント手法を取り入れることは、働きがいを示す「エンゲージメント」の観点から、これからますます求められるようになるでしょう。同時に、ワーカーが自分自身の成長を常に意識することも重要ではないでしょうか。そんなことを、身をもって体験中です。