時代とともに変化するオフィス環境。働き方に求められる多様性。
企業価値を高めるために必要な仕組みや、社会課題となっているテーマにフォーカスし、ご紹介します。
アメリカの公民権運動から生まれ、「力づける」「自信を与える」といった意味を持つ「エンパワーメント」。いま、人材の能力を引き出すキーワードとして企業に注目されています。管理型のマネジメントではなく、支援型のマネジメントへ。考え方を180度転換し、ワーカー一人ひとりが自律的に判断・行動できるようにすることがポイントです。今回はエンパワーメントの考え方に着目し、これを実践している有名企業の取り組みをご紹介。オフィス環境において必要なアプローチについても考察します。
ワーカーのモチベーションを高め、良いパフォーマンスを発揮してもらうにはどうすればいいのか。多くの企業がそうした問いと向き合っています。試行錯誤の結果、マニュアルやルールだけが増えていき、結果的にワーカーをしめつけている企業も少なくないのではないでしょうか。行き詰まっている場合は、考え方を180度変えてみるとよいかもしれません。ワーカーを型にはめて「コントロール」するのではなく、自主性や自律性を高め、人が本来持つ能力を引き出せるよう「サポート」する。それがエンパワーメントの概念です。
エンパワーメントはもともと、アメリカの公民権運動から生まれた言葉です。マイノリティによる権利の獲得や自己肯定感の向上を通じて、当事者が自分で人生をコントロールできるよう支援し、その社会的地位向上をめざすといった文脈で使われてきました。社会の構造的、あるいは心理的に抑圧され、いわば「Powerless」となってしまっている状態から、「Powerのある」状態にすることを意味します。このエンパワーメントの概念が近年、企業において注目されているのは、市場の競争が激しくなっていることが理由として考えられます。市場から求められるスピード感や付加価値を実現するには、ワーカー一人ひとりが、指示通りに動くのではなく、自発的に取り組み、自ら局面を打開したり、創造性を発揮したりすることが不可欠なのです。
では、企業でエンパワーメントを実現するにはどうすればいいのでしょうか。まず、重要なのは権限移譲だといわれています。管理部門から現場へ、上司から部下へ、権限を大幅に移すことで、自主性や自律性を促すのです。しかし、闇雲に権限を委譲すると、業務の"丸投げ"と受け取られ、かえってモチベーションの低下を招きかねません。そのため、心理的なサポートもセットで行う必要があります。「本当に自分が判断してよいのだ」「自分自身でやることに意味があるのだ」などと実感できるよう、自信を与え、仕事の意味づけを明確にしておくことが大切です。
また、自主性を重視することで起こる弊害についてもケアすべきです。チームや個人に裁量を委ねると、めざす方向性や判断基準にばらつきが生じて、生産性の低下やブランドの毀損といったことが起こりかねません。そこで重要なのが、企業の軸となるビジョンや行動指針を明確にし、社内にしっかりと共有することです。大切にすべき価値観や判断基準が一人ひとりに落とし込まれていれば、全社でベクトルを一致させることができるはずです。
日本企業において、エンパワーメントを導入していることで有名なのが、星野リゾートです。社長の星野佳路氏は、父親から経営を引き継いだ直後、退職者が相次ぎ、サービスの品質が低下していたことに危機感を抱いたことから、会社の構造改革に踏み切りました。その際、従来のトップダウン経営に代わって取り入れたのがエンパワーメント型の経営手法でした。「リゾート運営の達人になる」というビジョンを掲げつつ、本部から各施設へ権限を大幅に移譲。接客の最前線に立つ現場のスタッフが自ら考え行動できるようにしました。スタッフの判断材料となるよう、あらゆる経営情報の共有も進め、さらには、仕事の目的や目標を明確にするなど、心理面への働きかけも行っています。
こうしたフラットでオープンな環境づくりにより、スタッフが自由に意見を出し合い、ホテルのサービスや運営において創意工夫が生まれるようになったといいます。退職率も低下し、顧客満足度は右肩上がりに上昇していきました。長野県・軽井沢のローカル企業だった星野リゾートが日本屈指のブランドを誇る企業へ成長したことは、皆さんご承知の通りです。また、グローバル化を念頭に、2016年には経営ビジョンを刷新。「ホスピタリティ・イノベーター」を掲げ、世界で通用するホテル運営会社をめざしています。
星野リゾートにおいて、上下関係はエンパワーメントを阻害する要素とみなされ、徹底的に排除されています。マネジメント職は存在しますが、あくまでも「一人ひとりがやる気と責任を自覚しながら働ける仕事場をつくる」役割を担っているにすぎず、 社内に"偉い人"はいないという考え方が貫かれています。そうした考え方を体現しているのが星野リゾートのオフィスです。銀座にある本社オフィスには、社長室がありません。"偉い人"をつくらないようにと導入したフリーアドレス制の執務スペースで、星野氏も社員たちと一緒にデスクに向かっています。
星野リゾートに限らず、従来は社長室や役職者の座席になっていたような眺望の良い場所を、コミュニケーションスペースなどの誰もが使える空間として解放する例は増えており、オフィスの見直しを通じたエンパワーメントの取り組みは日本企業でも多く見られるようになっています。企業が大切にする価値観や文化を社内に共有する上で、百の言葉で説明を尽くすよりも、そうしたオフィス環境の工夫を一つ行うほうが、何倍も説得力のあるメッセージになるのではないでしょうか。
上下関係に厳しく、また、失敗を恐れがちな日本の社会において、権限移譲を進め、フラットでオープンな組織づくりを実現することは、かなりの困難が伴うといわれています。エンパワーメントの発想に基づき、会社の構造改革や風土改革に取り組む際は、制度だけでなく、オフィスについても見直して、社内の意識を変えていくことが大切といえそうです。
当社でも、今年の夏に実施した「渋谷ソラスタ」への本社移転に合わせ、組織の風土改革と新しいオフィスづくりに、セットで取り組んできました。
不思議なもので、部署ごとのフリーアドレス制や業務に応じて選択できる多彩なワークプレイスなどを取り入れた開放的な新オフィスにいるだけで、"変化の風"をひしひしと感じ、背筋がピンと伸びます。環境の影響って、本当に大きいですね。何十年に一度かもしれない、会社の大きな変革期に立ち会うことができたこの経験を活かさない手はありません。
働き方やオフィスのあり方について、これまで以上に新しい視点で発信していきたいと、思いを新たにしているところです。