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特集記事

かつてない環境変化から生まれる、新しい世代感覚(6)
谷崎 テトラ

パンデミックの後に世界の制度設計が変わる

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大のなかで、社会の変化は日常化し、新しい様式(ニューノーマル)へと移行しつつあります。それはリモートワークやオンライン会議といった生活様式の変化のみならず、新しい世代感覚を生み始めています。 

人類はペストや天然痘など、これまで何度も大きなパンデミックを経験してきました。そのダメージから立ち直る過程で、あたかも社会はバージョンアップするかのように新たな制度設計が行われてきました。

このコラムでは「グレートリセット」「タレンティズム」などのキーワードを示してきました。それはこれまでの社会・経済の仕組みの根本的な変化の「兆し」となっているようです。今回はそのまとめとして、かつてない環境変化から、いかなる世代感覚が生まれているか、いかなる最適化が行われようとしているのか、その考え方を紹介してみたいと思います。

「所有」するという神話が変化する

奈良時代の日本では、735年から737年にかけて天然痘の大流行がありました。日本の総人口の25%~35%が感染により死亡したとされています。政権を担っていた藤原四兄弟が相次いで病死するなど、当時の日本社会は大混乱に陥りました。この疫病によるダメージからの回復を目指し、社会復興策の一つとして、「墾田永年私財法」が施行されました。これは農業生産性を高めるため、農民に土地の私有を認める、というものです。

土地を財産として所有する、という行為は現代では当たり前の考え方ですが、「私有財産」というコンセプトは、それ以前は当たり前の概念ではありませんでした。これはペスト(黒死病)流行の後のヨーロッパにおいても、同じような変化がありました。農奴の移動などが起こり、封建的土地所有が解体していったと言われています。農民の地位は向上し、耕作権を獲得して土地を所有することにより、農業生産力は9世紀から12世紀の間に飛躍的に増大しました。それまでは森や荒地は誰のものでもなく、共有されていたわけですが、開墾・開発することによって「所有」できる。土地やそこに付随する価値は支配したものが「占有」できるというマインドセットが生まれました。その後、活版印刷と書籍の普及という「メディア」の登場によって農民の識字率が向上し、個人の「資産」という概念が生まれます。

やがて世界に「所有」の概念の拡大が始まり、植民地や拡大する市場の考え方、現在のグローバリズムの「成長神話」にまで繋がるわけです。しかし「成長の限界」は社会の歪みとして現れ、気候変動や貧富の格差を引き起こしました。そして今、再び「所有」の概念の見直しが起きています。すでに充分に成長した経済は「最適化」すべき段階に入っているのです。

奪い合うのではなく、コモンズ(共有地)を増やす経済

私たちの社会は「プライベート(私有地)」と「パブリック (公共空間)」に分けられます。しかし実はその間に、本来誰のものでもない場、海や川、自然といった「コモンズ(共有地)」がありました。今の社会では「プライベート(私)」と「パブリック (公)」が肥大化していますが、「コモンズ(共)」の領域を増やしていくことが大切です。また場所や空間だけではなく、仲間や共に過ごす時間、シェアできる価値やアイデアも「コモンズ」と考えられます。

誰のものでもない「コモンズ」は、結局誰かに奪われてしまう「コモンズの悲劇」が起こるのではないかとも言われます。「コモンズ」を不法投棄のゴミ捨て場にするか、共に育てる森にするかは、人々の関わり方次第ですが、ポジティブなフィードバックが起こりやすい仕組みを設計することが重要です。

ラジカルマーケット〜脱・私有財産の世紀

30年以上にわたり、飢餓や自然破壊、人種差別などのための慈善活動やファンドレイジング(資金調達)に従事してきたことで知られる社会活動家リン・ツイストは、そこに「現在の私たちにまん延している『欠乏』の神話の恐ろしさがある」と語ります。「欠乏」の神話とは、「充分ではない」「多ければ多いほど良いと決まっている」「それはそうに決まっている」に代表されるものです。その感覚は、私たちを恐れさせ、社会を分断していきます。しかしすでに充分に成長した経済は「最適化」すべき段階に入っています。

アメリカの法学者エリック・A・ポズナーは、著書「ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀」のなかで「公正な社会への資本主義と民主主義改革」が始まっていると述べています。 ポズナーが語る「脱・私有財産」とは、オークションの概念を応用し、財産をより高く評価する者の手に渡らせて有効活用させる方法=「共同所有自己申告税」(COST)(※1)などの考え方です。

これは、自由市場のなかで「独占」は経済的に大きなマイナスであり、たとえば「土地の財産権」の経済へのデメリットをあげ、「財産」は独占的なものではなく、一時的な所持権であるべきだという考え方です。オークションなどによって財産を流動させることで、「効率的資源配分」と「投資効率」の両方を達成していこうという試みでもあります。考えてみると歴史的に価値が高い不動産や高価な絵画、あるいはクラシックカーを資産として持っている場合、それは法的には個人の所有物でありながら、文化や伝統の保持というコモンズ的な社会価値の性格を帯びます。オークションによって、その一時的な所有者を流動させるイメージでしょうか。

クアドラティックボーティング

ラジカルマーケットでは、市場は「投票」(オークション)と捉えるわけですが、この考え方を実際の「投票制度」に応用したのが、台湾のIT大臣オードリー・タンによる「デジタル民主主義」の手法、クアドラティックボーティング(※2)です。投票の価値を「効率的資源配分」として考え、政府が決めるのではなく、国民の投票で決めようとなった時に採用された方法で、この新しい投票メソッドを使って、台湾ではどのSDGsを優先させるかを選択しています。

オードリー・タンによれば、「投票のレベルを変え投票の『回数』を増やす。投票の項目を細分化し、数秒でも時間があれば投票できるようにするのが鍵」「この方法によってスマホで簡単に実施できれば、どの国でも24時間ごとに国民投票を行うこともできる」とし、台湾の全人口の過半数が投票に参加したそうです。これを「民主主義の『回線速度』を上げること。4年に1度の選挙で済ませるのは旧式のコンピュータを使い続けるようなもの。アクセスの回数を増やせば増やすほどフィードバックもアップデートも多くなる。それが『新しい民主主義』のあり方」と語ります。

かつてない環境変化のさきにあるもの

ポストコロナ社会、そしてデジタルトランスフォーメーション(DX)の指し示す世界のさきには、これまでの資本主義でも、社会主義でもない第三の道が示されています。それはかつての「所有」や「資産」に関しての神話からの脱却が必要で、それこそが「グレートリセット」と言われるものです。それによってマーケットは今までにない経済効率化を実現することができると考えられています。同時に「個人の自由」と「新しい民主主義」のあり方を同時に達成していこうというものです。

現在ベストセラーとなっている『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』のなかで、著者の山口周氏はその変革を「社会システムを外側からハンマーでぶっ壊すのではなく、静かにシステム内部に侵入しながら、システムそのものの振る舞いをやがて変えてしまうような働きをする静かな革命家たち」と表現しています。今はそのハッキングが静かに起こりつつある2021年の初頭なのです。

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谷崎テトラ(たにざき てとら)

京都芸術大学客員教授/放送作家/メディアプロデューサー/ワールドシフトネットワークジャパン代表理事/
アースデイ東京ファウンダー
1964年、静岡生まれ。環境・平和・アートをテーマにしたメディアの企画構成・プロデュースを行う。価値観の転換(パラダイムシフト)や、持続可能社会の実現(ワールドシフト)の発信者&アーティストとして活動は多岐に渡る。アースデイ東京などの環境保護アクションの立ち上げや、国連 地球サミット(RIO+20)など国際会議のNGO参加、SDGs、ピースデー(国際平和デー)などへの社会提言・メディア発信に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見と実践の経験を持つ。世界のエココミュニティを取材し、エコビレッジの共同体デザイン、地域通貨、共同体教育、パーマカルチャー(持続可能な農的文化)などの事例研究から、カルチュアルクリエイティブス(文化創造者)、先住民から学ぶディープエコロジーの思想まで、未来のデザインのための智恵を伝え、それぞれの地域や現場に生かす仕事をしている。メディアの企画構成としては「素敵な宇宙船地球号」(テレビ朝日)、「アースラジオ」(INTER FM)、「里山資本主義CAFE」(NHK World)、環境省「森里川海」映像など多数。YOUTUBE「テトラノオト」で持続可能性や創造性についての動画BLOGをほぼ毎日更新している。

HP: http://www.kanatamusic.com/tetra/
YOUTUBE:https://www.youtube.com/c/テトラノオト