2021年初め、米電気自動車(EV)メーカー、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)がアップルやアマゾンを抜いて長者番付の首位に躍り出ました。2019年、テスラの電気自動車の販売台数は約37万台。それに対して、独フォルクスワーゲンが1097万台、トヨタが1074万台でした。テスラは販売実績ではなく、デジタル家電のようにソフトをアップデートするという販売の形態、商品のあり方、考え方で株価を押し上げたのです。
業界のいろいろな慣習やしきたりを大きく変えるような商品やサービスが登場することを「ゲームチェンジ」といいます。革新的な技術で今までできなかったことができたり、行動動機の変化により、価値観やルールそのものが変化していくことを指します。環境に対しての社会意識の変化は、投資ルールとしてのESG投資を生み出し、資本主義のレギュレーションそのものを変えました。化石燃料を燃やして走る自動車産業から電気自動車へのシフトは、ゲームチェンジを象徴するものです。しかもこれは単に動力が変わったという話ではなく、交通インフラ、都市設計、自動運転を含む、ライフスタイルや所有そのものの社会構造的な変化であるともいえます。
変化の物差しとなる指標SDGsの認知度も2018年には14.8%でしたが、2020年には29.1%に上昇し、特に学生の認知度は45.1%と高まりました。経営者のSDGsに対する認知度は9割以上で、「取り組みをしている」と答えた企業も6割を超えており、これは社会の「常識」になりつつあります。「環境」と「経済」が対立する時代は終わり、新たなレギュレーションの中でビジネスが動く時代となりました。
今年の初め、世界的な環境活動家ポール・ホーケンの著書『DRAWDOWN 地球温暖化を逆転する100の方法』が、ようやく日本でも翻訳・出版されました。この本は2018年には米国でベストセラーになり、13の国で翻訳・出版されていた本です。ポール・ホーケンはサステナビリティ(持続可能性)や、ビジネスと環境の関係の変革をテーマに考え、実践してきたキーパーソンで、これまで様々な環境共生型事業に関わってきました。なかでもDRAWDOWNプロジェクトは、世界22カ国から集められた70名の研究者グループによるもので、地球温暖化に対する100の最も実質的な解決策をマッピング・測定し、モデル化したものです。
例えば、リサイクル可能な素材のうち、65%以上がリサイクルされれば、家庭から排出される二酸化炭素は2.8ギガトンも削減できます。再生材のアルミニウムを使えば、バージン素材を使うよりも95%のエネルギー削減につながるわけです。そうした100の課題に対し、実現可能な100のプランがあり、そしてそこには100の新規事業の可能性があります。
本の中ではそういった、気候変動を止めるための具体的なアクションプラン、それにより世界の温室効果ガス排出量を30年以内に抑えることが可能になるという、これまでにない道筋を記しています。
2020年11月、トランプ前米大統領は気候変動への国際的な取り組みを決めた2015年の「パリ協定」からの離脱することを正式に国連に通告しました。これにより、アメリカは世界で唯一、パリ協定に参加していない国となっていたのですが、バイデン大統領は就任と同時にパリ協定への復帰を決めました。温室ガス排出削減のための規制強化や、温暖化対策につながるインフラへの投資などに2兆ドル(約220兆円)を投入する計画を進めていくといわれています。このメニューの中には、2035年までの電力の脱炭素化、4年間で400万の建築物と200万の住居の改良などの数値目標が並んでいます。2050年までの100%クリーンエネルギー経済と排出実質ゼロの達成をビジョンに据え、就任と同時に小・中型車の100%電気自動車化、洋上風力発電を倍増するためのプロジェクト推進などを大統領令として進めていくといわれているのです。
日本の菅首相も昨年の所信表明で2050年にカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言しました。これを受けて、経済産業省は関係省庁と連携して昨年12月25日、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定しました。「経済と環境の好循環」につなげるための産業政策です。14の重要分野ごとに、高い目標を掲げた上で、現状の課題と今後の取り組みを明記し、予算、税、規制改革・標準化、国際連携など、あらゆる政策を盛り込んだ実行計画を策定しています。
日米はカーボンニュートラル同盟として進めていく格好となりました。2050年までにCO2排出量ゼロを掲げるEUや、2035年までにガソリン車撤廃、2060年までにCO2排出量ゼロを掲げる中国とともに、日本もチェンジメーカーとしての役割が期待されています。そして2021年11月には、新型コロナウイルスの感染拡大で延期されていた地球温暖化の国際条約、パリ協定の国連会議COP26グラスゴー会議が開かれることが決まりました。新しいルールのもとで、SDGs最後の10年が始まります。
京都芸術大学客員教授/放送作家/メディアプロデューサー/ワールドシフトネットワークジャパン代表理事/
アースデイ東京ファウンダー
1964年、静岡生まれ。環境・平和・アートをテーマにしたメディアの企画構成・プロデュースを行う。価値観の転換(パラダイムシフト)や、持続可能社会の実現(ワールドシフト)の発信者&アーティストとして活動は多岐に渡る。アースデイ東京などの環境保護アクションの立ち上げや、国連 地球サミット(RIO+20)など国際会議のNGO参加、SDGs、ピースデー(国際平和デー)などへの社会提言・メディア発信に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見と実践の経験を持つ。世界のエココミュニティを取材し、エコビレッジの共同体デザイン、地域通貨、共同体教育、パーマカルチャー(持続可能な農的文化)などの事例研究から、カルチュアルクリエイティブス(文化創造者)、先住民から学ぶディープエコロジーの思想まで、未来のデザインのための智恵を伝え、それぞれの地域や現場に生かす仕事をしている。メディアの企画構成としては「素敵な宇宙船地球号」(テレビ朝日)、「アースラジオ」(INTER FM)、「里山資本主義CAFE」(NHK World)、環境省「森里川海」映像など多数。YOUTUBE「テトラノオト」で持続可能性や創造性についての動画BLOGをほぼ毎日更新している。
HP: http://www.kanatamusic.com/tetra/
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