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特集記事

かつてない環境変化から生まれる、新しい世代感覚(4)
谷崎 テトラ

台湾のシビックテック

2020年、新型コロナウイルスの流行によって、社会のあり方、経済のあり方が根本的に問われることとなりました。株主利益の最大化とグローバル化を前提とした資本主義の限界があらわになり、「富の分配」を基本とした経済社会から、テクノロジーとタレントを活用し、「社会の共有益」を最大化する、タレンティズムの時代へシフトするといわれています。そこでは「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」の最大化、あるいは「リスクの分散」を、「市民」「行政」「企業」の協働で行う社会に変革されます。

このタレンティズムによる社会とは具体的にどのような社会なのでしょうか?
今回はシビックテックの先進地、台湾のデジタルネイティブによるソーシャルシフトの具体的事例を紹介します。

台湾は、今、アジアで最もシビックテックが発達しているといわれています。シビックテックとは、シビック(Civic:市民)とテック(Tech:テクノロジー)をかけあわせた造語です。市民自身がテクノロジーを活用して、 行政サービスの問題や社会課題を解決する取り組みをいいます。

台湾におけるソーシャルメディアのアクティブユーザーは総人口の88%。他の国と比較しても非常に高いSNS利用率となっており、デジタルで育った最初の世代、デジタルネイティブスの社会進出もめざましく、そのソーシャルシフトを牽引するのが、デジタル担当大臣オードリー・タンです。タレンティズムの時代を象徴するキーパーソンとして、世界でも注目されています。トランスジェンダーの39歳で、12歳からプログラムを学び始めると中学を中退し、プログラマーになりました。IQは180以上といわれ、米Appleや台湾BenQの顧問を歴任、AppleではSiriの開発などに携わってきたようです。

シビックエンジニア(市民エンジニア)であったオードリー・タンが、35歳という若さで台湾のデジタル担当大臣に就任したのは、2016年のことで、そんな彼を一躍有名にしたのは新型コロナ禍における、マスク不足に対処するため導入されたマスク配布システムでした。6000か所以上の薬局にマスクの在庫がどれだけあるか一目でわかるアプリを開発し、市民が効率的にマスクを買えるようにしました。さらに、行列解消のためマスクをネット予約すれば、コンビニで受け取れるシステムを3日間で作り上げたのです。 

重要なのはスマートシティではなく、スマート市民

オードリー・タンは、都市経済学者のリチャード・フロリダが定義したクリエイティブクラスの3つの要素となる、タレント(教育・技能の水準)とテクノロジー(科学技術や知識の水準)、トレランス(異質なものに対する寛容度)のすべてに当てはまる、典型的なスーパー・クリエイティブ・コアといえるでしょう。リチャード・フロリダ自身はクリエイティブクラスを文化や技術が集約した「メガシティ」に生まれると考えていましたが、オードリー・タンは「スマートシティではなく、スマート市民」が重要と考えており、リモートワークで国境すら超えてしまうクリエイティブのコミュニティが、個々の利益を超えて、実際に協働しています。実際にオープンソースになっている東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイトに、オードリー・タンが協力したことも話題となりました。

こういった台湾で「シビックテック」が広がったきっかけは、2014年春。「ひまわり運動」までさかのぼります。当時、中国とのサービス分野の市場開放に対する反対運動が学生を中心に広がっていました。この運動は法案の内容だけではなく、その決定プロセスの不透明性に市民の不満がうずまいていたといわれ、当時の報道によれば約50万の人々がデモや抗議運動に参加したような状況です。

当時、オードリー・タンはシビックエンジニア(市民エンジニア)として、台湾の「シビックテック」の取り組みを進めているコミュニティ組織「g0v(ガブゼロ)」のメンバー数百人と、議会内の状況を中継しました。オードリー・タンは自身の電話を議会内外のインターネット接続のために提供したそうです。その結果、中継を閲覧している人と議論を共有することに成功。約20ものNPO団体がつながり、様々なステークホルダーの意見を調整可能にしました。そこで多くの議論を重ねた後、占拠者やデモ参加者の要望に見合う要望書がまとめられ、議会に提出されると承認されました。「ひまわり運動」は「シビックテック」によって対話のプラットフォームを得て、社会変革に一石を投じたのです。

タレントをつなぐ、ソーシャルプラットホーム

現在、台湾では省庁の約1300にのぼる、すべてのプロジェクトの予算配分、研究計画、KPIがわかりやすく可視化され、同じ分野に興味がある人と誰もが会話できるプラットホームができています。

「占拠(=「ひまわり運動」)より前に私たちが構築していたテクノロジーは、せいぜい1万人ほどの人に向けたものでした。しかし、この時は約50万人に向けて行われた。そしてg0vは現在、1000万人の人々が利用している。これは、デジタル界の橋や高速道路といったインフラのようなものです。それまではオープンソース・コミュニティの『提唱者』のようなものだったのが、『公共エンジニア』としての意識に変わりました」(「Forbes」オードリー・タン インタビュー2020年7/27)

また2018年から社会課題解決のアイデアをプレゼンする大会「総統杯ハッカソン」が毎年行われており、受賞すれば、規制の優遇や社会実装が約束されます。例えば2019年度は、台湾南東沖の周囲約40kmの孤島、蘭嶼での遠隔医療のアイデアが採用され、オンライン診療の規制も緩和されました。このアイデアには現在予算もつけられており、僻地を含む約100の地域で実現されています。

ポストコロナの資本主義は、それぞれのタレントを生かし、行政組織でも企業でもない「市民」の立場からITを駆使し、様々な課題を解決するボランタリーな経済・社会と言えるかもしれません。台湾の文化は、中国文化を主体にしつつも日本文化と通じるものも多いといわれています。台湾で爆発的に推進された「シビックテック」。そのテクノロジーを他者と共感する社会へと適合させる智慧は日本社会も持っている要素なのかもしれません。

谷崎テトラ(たにざき てとら)

京都芸術大学客員教授/放送作家/メディアプロデューサー/ワールドシフトネットワークジャパン代表理事/
アースデイ東京ファウンダー
1964年、静岡生まれ。環境・平和・アートをテーマにしたメディアの企画構成・プロデュースを行う。価値観の転換(パラダイムシフト)や、持続可能社会の実現(ワールドシフト)の発信者&アーティストとして活動は多岐に渡る。アースデイ東京などの環境保護アクションの立ち上げや、国連 地球サミット(RIO+20)など国際会議のNGO参加、SDGs、ピースデー(国際平和デー)などへの社会提言・メディア発信に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見と実践の経験を持つ。世界のエココミュニティを取材し、エコビレッジの共同体デザイン、地域通貨、共同体教育、パーマカルチャー(持続可能な農的文化)などの事例研究から、カルチュアルクリエイティブス(文化創造者)、先住民から学ぶディープエコロジーの思想まで、未来のデザインのための智恵を伝え、それぞれの地域や現場に生かす仕事をしている。メディアの企画構成としては「素敵な宇宙船地球号」(テレビ朝日)、「アースラジオ」(INTER FM)、「里山資本主義CAFE」(NHK World)、環境省「森里川海」映像など多数。YOUTUBE「テトラノオト」で持続可能性や創造性についての動画BLOGをほぼ毎日更新している。

HP: http://www.kanatamusic.com/tetra/
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