2020年、世界に広がったCOVID-19は感染症という健康問題を超えて、経済、社会の変化をもたらしています。 前回は、来年2021年に開催されるダボス会議におけるテーマ「グレートリセット」についてお伝えしました。世界経済フォーラムの設立者で経済学者のクラウス・シュワブ会長は「リセット後の資本主義はどうなりますか」という問いにこう答えています。
「資本主義という表現はもはや適切ではない。金融緩和でマネーがあふれ、資本の意味は薄れた。いまや成功を導くのはイノベーションを起こす起業家精神や才能で、むしろ『才能主義(タレンティズム=Talentism)』と呼びたい」
今回はこの『才能主義(タレンティズム)』について考えてみましょう。
シュワブ会長は以前から「資本主義の時代から、才能ある人材が産業の競争力にとって最も重要な要因となる、才能主義の時代に移行していると思う。」と語っていました。(※1)また、「将来、様々な国やビジネスにおける成功の鍵は、モノやカネではなく、タレントに変わる。我々は、世界が "資本主義(Capitalism)からタレンティズム(Talentism)への転換期" を迎えていると言うことができるだろう。」とも述べています。(※2)
現在、グローバル企業のCEOが直面している最もチャレンジングな課題は、人的資源であると言われています。
『60%の企業がグローバルにタレントへの投資を増やしている。しかしながら、人的資源計画が有効に機能していると認識している企業は24%に過ぎない』(※3)
(Mercer Talent Barometer presented at the World Economic Forum in Davos)
さらにコロナ禍の中、これまで考えられてきたようなグローバル人材=海外で活躍できる人材、単純に海外の言語や文化、専門性に精通した人材が通用しなくなってきました。人材紹介のエンワールド・ジャパン(東京・中央)がグローバル人材の転職希望者を対象に実施した調査(※4)によると、74%が新型コロナウイルスの影響でキャリアや転職への意識が変化したと回答したそうです。そのうち51%が「リモートワークが中心となる新しい働き方を希望」すると回答し、「優秀な人材を獲得するため、労働環境などを慎重に考慮する必要がある」と分析しています。
海外渡航が制限される中、グローバル人材とは単に海外経験が豊富な人材ではなく、オンラインのツールを使いこなし、多様化する価値観、分散化された環境での高度なビジネス能力が要求される時代になってきました。またそのような働き方が可能なワークプレイスが必要になってくるわけです。
社会において最適にタレントが生かされるかどうか、その仕組みを社会としてデザインできるかどうかがこれからの鍵となります。
ではいったい、どのような環境が求められるのでしょうか?
それぞれの「タレント」を機能させるためには、オープンで柔軟なプラットホームに対する考え方や、オンライン上で多様なステークホルダーの意見を集約する、高度なファシリテーション能力が必要になってきます。かつてトロント大学ビジネススクールのリチャード・フロリダ教授が提唱した「クリエイティブクラス」という考え方では、社会経済学上の資質を、才能(talent)、技術(technology)、寛容さ( tolerance)の3Tで表しました。
当時はそういったクリエイティブ人材が集まる「クリエイティブ都市」こそ、成長の源泉であると考えられていましたが、withコロナ時代においては「都市化」「過密化」から、「オープン化」「開疎化」こそが、鍵になると言われています。フロリダ自身も「新しい都市危機は私たちの時代の中心的な危機」であり、それは「郊外、都市化そのもの、そして現代の資本主義の危機」であると2017年の著書(※)で警鐘を鳴らしていました。さらにアメリカにおいて新型コロナは公衆衛生の問題のみならず、人種問題にも発展し全米の暴動の発端になりました。これは米大統領選における社会の二極化にもつながっています。
つまり才能(talent)を生かすためには、残りの2つのT、技術(technology)、寛容さ(tolerance)が必要なわけです。
創造的経済は経済成長の40パーセントを生み出しているとも言われています。それをうみだす「クリエイティブクラス」が集まるのは、場としてのメガシティではなく、どこからでもアクセス可能な「仕組み」や「オープンな考え方」にこそ、あるわけです。
経済同友会 櫻田謙悟代表幹事はダボス会議での「タレンティズム」の議論に対し、「我々が抱えている地球の問題は、一国や一経済、一企業で解決できるものではなく、世界中のタレントを集め、エコシステムをもってして解決しなければならない」という考えを記者会見で紹介しています。(※5)
さらにラッパーで慈善活動家のウィル・アイ・アム氏のコメントをひき、「これからの地球の問題を解決するのに、世界中のすべての人のタレントを結集する必要があり、優秀な人やエリートの声を集めるのではなく、地球上のすべての人がタレントを持っていることを念頭に置いて、本格的なダイバーシティ&インクルージョンを進めていかなければならない」と語り、「ESGの新しい形がそこからくるかもしれない」と述べています。
このタレンティズムを日本語でいえば、「人本主義」であると、名和高司一橋大学ビジネススクール国際企業戦略専攻客員教授はいいます。30年以上前に経営学者の伊丹敬之氏が唱えた「カネではなく、ヒトこそが、経済と経営の基軸になるのではないか」という主張です。(※6)
さらに名和氏は「ヒトの中にあるより崇高な思いに注目したい。それを「志(パーパス)」と呼ぶことにしよう。自分の欲望だけを追求するのではなく、社会や環境との共存をめざすバランスの取れた精神である。資本主義の先には、「志本主義(Purposism)」の時代が到来するはずだ」と呼んでいます。2020年、世界に広がったCOVID-19がもたらした経済、社会の変化は、行き過ぎたこれまでの資本主義の転換の議論が始まろうとしています。それはデジタル・プラットフォームの上で、多様な才能が協調し合う、才能主義(タレンティズム)の時代の幕開けになるのかもしれません。
2020年、世界に広がったCOVID-19がもたらした経済、社会の変化は、行き過ぎたこれまでの資本主義の転換の議論が始まろうとしています。それはデジタル・プラットフォームの上で、多様な才能が協調し合う、才能主義(タレンティズム)の時代の幕開けになるのかもしれません。