これまで、働き方変革を成功させるためのいくつかのポイントについて触れてきました。第2回では、リモートワークと仕事の関係性から、働き方変革の本質は、個人個人の働き方に対する思いと、組織に課せられたミッションをどう組み合わせて個人と組織の生産性や価値創造力を最大化していくかがカギになると提示しました。
第3回から第5回では、働き方変革を推し進めるうえで、今後のオフィスの役割の変化、コミュニケーションの在り方、そしてジョブ型雇用の課題と、あるべき人事評価の考え方について考えてきました。最終回の今回は、働き方変革がもたらす雇用環境の変化、その中でオフィスワーカーが直面する厳しい選別の波と、それを乗り越えていくためにとるべき道について考えてみたいと思います。
コロナ禍において、好むと好まざるとにかかわらずテレワークが一気に進展したことから、企業は様々な気付きを得ました。その中でも大きな収穫だったのは、必ずしも毎日会社にいなくても成果を出すことが可能だということ、オンラインにより外部の人と従来よりもはるかに容易にコミュニケーションが取れると気づいたことです。
このことは、先行きが不透明で、かつテクノロジーが急速に進化する経営環境において、社内のリソースではカバーしきれない分野に、知見を持った外部の人財を積極的に活用していくことや、社内にないケイパビリティを持つ他の企業と協業することで、価値創造のスピードアップを後押しします。実際に、多くの企業では、フリーランス的な優秀なエンジニアを重要なプロジェクトに外部人財として期間限定で契約したり、人財がなかなか揃わないスタートアップのベンチャー企業では、専門性の高い領域で正社員にこだわらずに、契約社員、アドバイザー、業務委託等々、雇用形態を多様化したりして、ビジネスを立ち上げています。
つまり、企業が競争力のある商品やサービスを市場に負けないスピードで作り上げるためには、働き方変革によってもたらされた時間や場所の制約から解放されたコミュニケーション手段をフル活用して、社外の多様な能力をつなぎ合わせることが重要となってくるのです。働く側もスペシャリティが高い人財は、副業的に複数の会社と関わりを持ちながら仕事をし始めています。そしてこの雇用形態の多様化は、テレワークを活用した働き方変革の流れの中でさらに加速していくと考えられます。そして、前回取りあげた「ジョブ型雇用」は、期間限定の契約社員やアドバイザーのような雇用形態にこそ適しているといえます。必要とする能力・スキルと求めるアウトプットも明確であるため、ジョブ・ディスクリプションを作成し互いに合意することが可能だからです。
雇用形態の多様化は、会社と社員の関係にも変化をもたらします。会社は変化のスピードが速い経営環境の中、競争に打ち勝っていくために、積極的に雇用形態の多様化を図り外部リソースを取り込んでいます。一方、優秀な社員は自身の能力・スキルを求める複数の企業に携わりながら、自身をより成長させていくことでしょう。したがって、企業側は社員を抱え込むという意識を捨てなければ、この先優秀な人財を引き寄せられなくなります。つまり、会社と社員は雇用する側、雇用される側という関係から、互いに過度に寄りかからない適度な緊張感を有したwin-winの関係を目指していくべきなのです。
良い人財を引き寄せ、会社に貢献してもらうためには、逆説的ですが社員を会社に永続的に縛り付けることなく、社員が成長してマーケットバリューを高め、他から引き抜かれて活躍の場を移していくことも容認すること、むしろそうした人財を育てて輩出するのだという考え方に転換していくことが必要なのです。経営者がやるべきことは、そうした人財が成長を実感でき、やはりこの会社で働き続けたいと思えるような環境を創ることなのです。
一方、社員側は、自身のキャリアや成長を会社に託すのではなく、自ら自身の将来を描き、それに向かってチャレンジし自己研鑽することが必要です。これまでも触れましたが、働き方変革によりオフィスワーカーは、長時間の通勤苦から解放され、働き方の自由度が高まるなどのメリットを享受する一方、仕事の評価は、これまで以上にアウトプット(=成果)そのもので行われるため、できる人とそうでない人の違いが浮き彫りとなってきます。
会社の中で生き残っていくためには、仕事で結果を出せるかどうかという厳しい選別の波を乗り越えて行かなければなりません。そのためには、コストカットの対象となる「人材=リソース」ではなく、増強の対象である「人財=資産」となることを目指す必要があります。従前のまま「雇用される側」として、自身のキャリアを会社に依存したままの状態が続くならば、気づいた時には特段の能力・スキルを持たない「人材」にとどまってしまうでしょう。
オフィスワーカー選別の波を乗り越え、会社の資産としての「人財」となる方法は、大きくわけて次の2つの道があると思います。
1つ目は、徹底的に自己のスペシャリティを磨き上げ、プロフェッショナルとしてどこでも通用する実力を身につけることです。会社に依存せず、自立的に自身のキャリアを描き、それに向かってチャレンジし仕事を通じて成長していくという道では、活躍の場は今いる会社にとどまらず、チャンスがあれば兼業または転職も視野に入れることができます。
そして2つ目は、自社の固有のビジネスや組織、人脈に精通し、かつ社外の人的、知的ネットワークを自ら積極的に自社事業の成長につなぎ合わせられるようになることです。組織への高いロイヤリティを持ちながら、会社の核となってビジネスを成長させていくという道になります。どちらも、会社にとって必要不可欠な人財であることは言うまでもありませんが、結果として市場価値は極めて高くなり、その先のキャリアも必然的にいろいろな選択肢が開けてくると思います。
働き方変革は、会社とオフィスワーカーいずれに対しても様々なインパクトをもたらしますが、働き方変革の本質を捉えてどうアクションを取るかは、双方にとって極めて重要なテーマであり、大きなチャンスでもあると思います。
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2005年ソフトバンクテレコム 執行役員人事本部長として、ソフトバンクの通信3社の人事制度統合を進めるなど、事業会社の人事責任者として多くの改革を推進した後、2008年三菱商事グループのビジネスコンサルタント会社、シグマクシスの立ち上げにパートナー兼人事ダイレクターとして参画。人事コンサルチームの統括し、数多くの企業を人事プロジェクトで支援する。
その後、2015年にクックパッド株式会社執行役(人事担当)として、再度事業会社の経営に参画し、以降2017年株式会社オウチーノ取締役、2018年株式会社くふうカンパニー取締役とIT関連企業の経営に関わる一方、2016年に自身の人事コンサルティング会社「HCMラボ」を設立し、現在は、くふうカンパニー顧問など、多くの企業のアドバイザーとして人事領域を支援している。