在宅勤務が増えている中で、人事評価が難しいといわれ始めています。在宅勤務では、部下の仕事をしている姿を上司が目にする機会が少なくなるからだと思いますが、その解決策として、大企業の中には「ジョブ型雇用」を取り入れようとする動きがあります。しかし、それは本当に正しい解決策となりうるのでしょうか?答えはNOと言わざるを得ません。
「ジョブ型雇用」とは、職務の内容や責任範囲をジョブ・ディスクリプション(職務記述書)に明記して雇用する仕組みです。一見、個人個人で仕事をするテレワークに向いていると思われるかもしれませんが、実はいくつか重要な問題を抱え込むことになります。
一つ目は、時代の流れが速く経営環境の変化が激しい時代に、硬直したジョブ・ディスクリプションでは、変化に対応する柔軟性を大きく損なうことになります。変化に即応するために、都度ジョブ・ディスクリプションを見直し契約を結びなおすことなど、手間と交渉の時間がかかって到底無理な話です。
二つ目は、ジョブ・ディスクリプションに書かれた仕事以外をやらなくなるという問題です。職務の内容や責任範囲を明確にするということは、逆に言うとそこに書かれていること以外はやらない、責任を持たない、ということになります。「ジョブ型雇用」の導入は、2000年代のはじめ目標管理制度を成果主義の名のもとに間違ったやり方で導入した多くの企業の失敗事例とオーバーラップします。
当時、成果主義評価として目標とその達成度のみで評価する制度を導入した企業では、社員ができるだけ低い目標を立てたがる(達成度で評価されると当然そういう気持ちになる)、立てた目標以外のことはやりたがらない(評価されないことはやりたくない)、といった会社の成長にブレーキをかけるような雰囲気が蔓延しました。今まさに「ジョブ型雇用」を導入することは、当時の失敗を繰り返すことになると思います。
第3回の章でも述べましたが、仕事には、大きく分けて、決められたことを正しく効率的に実行する仕事と、創造性を発揮して新たな価値を生み出す仕事があり、「ジョブ型雇用」は前者にはフィットするものの、後者には適さないのは明らかなのです。前者の仕事の例は、工場、オペレーションセンター、コンビニなどのチェーン店舗のように決められた手順、プロセスがマニュアル化されるような仕事です。そこでは、決められた指示により決められた動きをいかに効率的に安定的に行うかということが求められます。こうした働き方は、まさにジョブ型雇用に適しています。一方、経営環境、市場環境の変化に対応しながら新しいモノやサービスを生み出したり、社内外の人や組織とつながりながら新しい価値を創造していくような仕事は、ジョブ・ディスクリプションにはその内容を明記することはできないため、ジョブ型雇用にはなじまないのです。(ただ、「ジョブ型雇用」がフィットするもう一つのケースがあるのですが、これについては、次回の最終章で詳しく述べたいと思います。)
では、テレワークが主体となる中での人事評価はどうあるべきなのでしょうか?
実は、テレワークであろうが会社で仕事をしようが、人事評価の基本は「アウトプット(成果)」「組織への貢献度の大きさ」であることに変わりはありません。つまり、テレワークであっても、仕事の成果は同じように測ることはできるのであって、「テレワークだと人事評価が難しい」ということは、仕事をしている姿が見えないことで評価が難しいと錯覚しているに過ぎないのです。
もし、本当にテレワークが原因で人事評価が難しいのであれば、そもそも評価制度そのものが「成果」を評価する仕組みになっていないのではないか?または、評価者に「成果」に基づいて評価する意識や力量が備わっていないのではないか?ということを検証してみるべきでしょう。前者の場合は、評価制度そのものの再設計が必要で、後者の場合は評価者訓練を実施すべきなのです。
人事評価を目標管理制度により実施している会社も少なくないと思いますが、その場合に決してやってはいけないことは、達成度のみで評価することです。達成度で評価する仕組みだと、社員からしてみると達成度を高めるためにできるだけ低い目標にしたいという気持ちが働きます。一方、経営側はできるだけ高い目標を掲げたいと思いますから、経営側と社員のベクトルが全く逆向きになってしまい、評価制度が経営の足を引っ張ることになってしまいます。
こうした問題を起こさないためにも、人事評価は目標の達成度ではなく、成し遂げた成果の大きさそのものを評価する仕組みとすることが重要です。成果の大きさとは、成果物の質や納期(スピード)、組織業績への貢献度合いなどを指します。そして、その成果の大きさを、社員の能力レベル(一般的には、等級・グレードと呼ばれる)に照らして評価するという仕組みにすることです。こうすることで、できるだけチャレンジングな目標を掲げたほうが、結果的に実現した成果も大きくなることにつながりますし、実現した成果は全て評価の対象となりますので、期中に新たに出てきた目標以外のことにもチャレンジしやすくなります。
一方、仕事の「成果」の他に「プロセス」や「行動」といった点を評価に取り入れている会社も多いかと思います。確かにこの点はテレワーク主体の場合には評価者から見えにくくなっていますので、工夫が必要となります。例えば、周囲の同僚や下のメンバーからのフィードバックを評価の参考とするなど、上司から見えにくくなるプロセスや行動を、一緒に仕事をしているメンバーからの視点で補う工夫をすることも一つの方法です。テレワークといえども、他のメンバーと何かしらかかわりを持ちながら仕事をしていますので、検討する価値はあると思います。
テレワークを主体とする働き方変革の中では、オフィスワーカーの評価はおのずとアウトプット(=成果)そのもので行わざるを得なくなってきます。厳しい言い方をすると、これまでのように毎日会社に来て仕事をしている姿を見せることで、なんとなく頑張って仕事をしているように見せる、といったことが通用しなくなるということです。働き方変革の下では、どんなアウトプットを出したのかといったことが問われ、個々の仕事の成果の大小がより鮮明となり、できる人とそうでない人の違いが浮き彫りとなってきます。
そして、働き方変革によって、成果は必ずしも会社に縛りつけなくても(出社させなくても)創出できることが証明された現在、正社員以外の雇用形態の多様化を促進させることで価値創造力をさらに向上させた企業が今後勝ち残っていくと考えられます。それは一方では、正社員として生き残っていくためには、仕事で結果を出せるかどうかという厳しい選別の波をくぐっていかなければならないということでもあります。
次回最終章では、そのことについて考えてみたいと思います。
2005年ソフトバンクテレコム 執行役員人事本部長として、ソフトバンクの通信3社の人事制度統合を進めるなど、事業会社の人事責任者として多くの改革を推進した後、2008年三菱商事グループのビジネスコンサルタント会社、シグマクシスの立ち上げにパートナー兼人事ダイレクターとして参画。人事コンサルチームの統括し、数多くの企業を人事プロジェクトで支援する。
その後、2015年にクックパッド株式会社執行役(人事担当)として、再度事業会社の経営に参画し、以降2017年株式会社オウチーノ取締役、2018年株式会社くふうカンパニー取締役とIT関連企業の経営に関わる一方、2016年に自身の人事コンサルティング会社「HCMラボ」を設立し、現在は、くふうカンパニー顧問など、多くの企業のアドバイザーとして人事領域を支援している。